行動経済学で読み解くILD患者さんの心理 ②治療継続時のSDM(静止画)
サイトへ公開:2026年04月14日 (火)
クイックリンク
ご監修:角 俊行 先生(社会福祉法人 函館厚生院 函館五稜郭病院 アレルギーセンター長 兼 呼吸器内科主任医長)
取材日:2026年1月29日
取材場所:プレミアホテル-CABIN PRESIDENT-函館
間質性肺疾患(ILD)治療では治療継続が不可欠ですが、下痢などの副作用によるQOL低下から、自己判断で中断して再開ができなくなってしまう患者さんも少なくありません。そこで鍵となるのが、行動経済学の視点で、患者さんの「確実な損失(副作用の負担感)」と「不確実な利益(将来の進行抑制)」の葛藤に寄り添うアプローチです。
治療継続を阻む心理的メカニズム、医師自身が陥るバイアス、そして患者さんと共に歩むための具体的なSDMの実践とは――。
ここでは、函館五稜郭病院の角 俊行先生に、治療継続を支える対話のポイントと実践知をお伺いしました。
Q. ILD診療においてSDMはどのように重要となるのでしょうか?
抗線維化薬の治療継続判断時において、医師と患者さんの間には大きな「認識のギャップ」が存在する
ILD診療において、SDMが重要となる場面は、抗線維化薬の導入時と副作用発現などによる治療継続判断時です。治療継続の場面において、私たち医師と患者さんの間には大きな「認識のギャップ」が存在することに気づかされます(図1)。
私たち医師は、医学的エビデンスに基づき、FVC低下や急性増悪のリスク、肺がん合併の可能性といった「長期的かつ科学的な視点」で治療を捉えています。副作用に対しても「これはコントロール可能なものだ」「将来のベネフィットのために乗り越えてほしい」と考えがちです。
一方で、患者さんは現在の症状やQOLを重視するため、医師が見ているような「将来的なリスク」を実感として捉えにくいのが現実です。特に副作用は、患者さんにとって「現在の確実な苦しみ(損失)」となります。将来、悪くならないかもしれないという不確実なメリットよりも、副作用による現在のQOL低下を解決することを最優先したいと考えるのは自然な心理です。ここに、長期視点の医師と短期視点の患者さんとの間で、認識のギャップが生じてしまうと考えられます。
図1

「行動経済学」の視点で患者さんの心理的背景を理解する
このようなギャップがある状態で、医学的に正しい情報を丁寧に伝えたとしても、現在の苦しみに直面している患者さんの心は離れてしまいます。
そこで有効なのが、「行動経済学」の視点で患者さんの心理的背景を理解し、医師が伝え方を工夫して患者さんの選択をサポートするアプローチです。治療継続時に大切なのは副作用への対策を行いながら、治療を続けるほうがトータルでベネフィットがあると、納得して治療に取り組んでもらうことにあります。
治療継続時における患者さんや医師の心理状況
「損失回避」:病状安定の利益よりも副作用の痛み(損失)を大きく感じる(図2)
患者さんが治療をやめたくなる心理的背景には、行動経済学でいう「損失回避」が働いています。これは、「人間は利益を得る喜びよりも、損失を被る痛みを大きく感じる性質がある」というものです1)。不確実な将来の利益(進行抑制)のために、確実な現在の苦痛(副作用)に耐え続けることは、心理的に非常に困難です。患者さんが治療に消極的になるのは、病気や治療に対する理解不足だけではなく、損失を回避しようとする正常な心理であることを理解することが出発点です。また、人間はどうしてもネガティブな情報ばかりに目が向く性質があり(ネガティビティ・バイアス)、それが治療継続の意欲を削いでしまうこともあります1)。
図2

下痢は「切実な損失」であり、見えない利益よりも優先されてしまう
患者さんにとって、現実に起きている副作用は「確実な損失」です。特に下痢は、1日に何回もトイレに駆け込み、ときには下着を汚してしまったり、場合によってはおむつが必要になったりと、人間の尊厳を傷つけるほどの切実な損失となることもあります。一方で、治療効果は目に見えず「不確実な利益」であり、治療効果が自覚できないこともあります。「将来、悪くならないかもしれない」というメリットは、尊厳に関わる「今の苦しみ」に比べるとリアリティが薄く、目の前の「確実な損失」を回避する心理が生まれます。
医師側にも「現状維持バイアス」が存在し、柔軟な対応を阻害している(図3)
患者さんだけでなく、医師側にもバイアスが存在します。一つは「現状維持バイアス」です1)。これまでの処方を変えるのが怖い、一度休薬すると再開のタイミングが難しいと考えて処方を続けてしまったり、逆に副作用が出た時点で中止することがあります。また、「減量・中断への思い込み」も障壁となります。呼吸器内科医は、感染症や一部の抗がん剤治療のように「用量を守らなければ効かない」「減量や休薬は治療失敗につながる」という厳格な思考パターンに陥ることもあります。
ILD治療において重要なのは、治療をなるべく継続することです。医師自身が、休み休みでもいいから長く続けるという柔軟な発想に切り替えることが重要です。
図3

治療継続時のSDM
「治療しない損失」と「治療にかかる損失」を天秤にかけ、負担感を軽減する(図4)
治療継続において重要なのは、単に薬の効果やベネフィットを伝えるだけではありません。患者さんは「損失回避」によって、治療にかかる損失(副作用)を過大に感じてしまいます。そのため、副作用による負担感に対する心理的な偏りを適切に調整する工夫が重要となります。また、同時に治療によるベネフィット(利益)の実感のサポートも行っています(図4)。
図4

「大事な日は休んでいい」と伝え、副作用の負担感を軽減(図5)
副作用の負担感を軽減するための具体的な工夫として、私はあえて逃げ道を提示するようにしています。真面目な患者さんほど、薬は飲み続けなければならないと副作用に耐え続け、やがて限界が来てしまうことがあります。私は、抗線維化薬の治療は、治療を中止してしまうよりも、減量や休薬などの調整をしながらできるだけ継続するほうが良いと考えています。そのため、「旅行や大事な用事がある日は休んでもいい」「お腹の調子が悪い日は調整してもいい」と伝えています。患者さんに「自分で調整できる」というコントロール感を持ってもらうことで、心理的な負担(損失感)が下がり、継続率を高めることができると考えています。
図5

治療経過を可視化し、安心感を提供する(図6)
抗線維化薬は、患者さんが効果を実感しにくいため、見えない効果を可視化し、不確実な利益を確定させる工夫が必要です。定期的にFVCの推移をグラフにして見せ、視覚的に効いているという事実を認識してもらいます。また、CT検査の結果も、「肺がんはみられませんでした」「線維化の進行はみられません」とフィードバックします。FVCの推移もCT画像も患者さんからすると見慣れないものなので、丁寧に一つひとつ説明することが患者さんの安心感につながります。肺がん合併や急性増悪が起きていないことを確認し、安心感(利益)を定期的に提供することが重要です。漠然とした予後ではなく、酸素吸入のない生活という具体的な利益を守るために、今の副作用とどう付き合うかを一緒に考える姿勢が信頼につながります。
図6

下痢が続く場合は中途半端に減量せず、2週間きっぱり休む戦略的休薬を
抗線維化薬の副作用として下痢が続いているときは、中途半端に減量して続けるのではなく、一度きっぱり2週間休むことを提案するというのも一つの手です。休薬せずに減量だけすると、下痢が治りきらないこともあり、患者さんが「もう完全にやめたい」となってしまうリスクがあります。身体的な回復だけでなく、「薬に対する負担感」を一度リセットし、完全に症状が治まってから再開することで、スムーズに治療に戻れるケースが多いです。
時間効率を高める工夫と多職種連携(図7)
下痢の確認はクローズドクエスチョンで事実を確認する
下痢の有無は聞き出すのではなく、事実を確認するということを意識しています。患者さんに「どうですか?」と漠然と聞くのではなく、意識的にクローズドクエスチョンを活用します。「下痢はしていますか?」「便の調子はどうですか?」と単刀直入に聞くことで、患者さんも答えやすく、医師も副作用の有無を短時間で確実に拾い上げることができます。
図7

チーム医療による役割分担が診療の質を高める鍵となる
医師の手が回らない細かな生活指導や、患者さんの不安の傾聴は看護師が担います。患者さんが自宅で下痢などの副作用に困って病院に電話をかけた際、最初に対応するのは看護師です。看護師が「1日何回出ているか」「下痢止めを使っているか」といった具体的な情報を整理し、医師につないでくれます。ケアの部分を看護師に委ねることで、チーム全体として質の高いSDMと副作用マネジメントを実践しています。
治療継続時のSDMのポイント(図8)
治療継続時に、医師は「長期的かつ科学的な視点」で治療を捉え、副作用に対してもコントロール可能と考えがちです。一方で、患者さんが、将来悪くならないかもしれないという不確実なメリットよりも、副作用による現在のQOL低下を解決することを最優先したいと考えるのは自然な心理です。
ILD診療における治療継続時のSDMにおいては、まず、①患者さんの心理バイアスを理解することが出発点です。患者さんが治療を中断したくなる背景には「損失回避」の心理があります。そのため、②行動経済学的アプローチを活用した心理的な負担の軽減が有効です。また、自覚症状のない③「見えない効果」の可視化も重要です。FVCの推移やCT画像を提示し悪くなっていない事実を確認することで安心感を提供します。最後に、④医師自身のバイアスからの脱却が必要です。「用量を守らなければ効かない」「減量や休薬は治療失敗につながる」という思い込みにとらわれず、治療を長く続けることを目標に柔軟な治療戦略を持つことが重要です。
図8

ILD診療に携わる先生方へのメッセージをお願いいたします。
SDMを実践し、患者さんが納得して治療を継続してくれるようになると、医師側の診療に対する気持ちも大きく変化します。患者さんへのメリットが目に見える形で現れてくると、医師自身も「より多くの患者さんにこの利益を享受してもらいたい」と前向きな気持ちになれます。
治療継続の難しさは、今回ご紹介した行動経済学のアプローチで解決できる部分が多くあります。患者さんの心理を理解し、伝え方を工夫することで納得感や継続意欲は大きく変わります。私たち医師自身が自身のバイアスを自覚してSDMを丁寧に実践していくことが長期継続の鍵となると考えています。今回ご紹介した「治療継続時のSDMのポイント」を、先生方の日常診療にお役立ていただければ幸いです。
図9

オフェブ®よりそいパートナーのご案内
現在、オフェブ®による治療を検討される患者さんに前向きな気持ちで治療を続けていただくための6ヵ月間のサポートを無料で提供する「オフェブ®よりそいパートナー」を開設しております。オフェブ®を服用される患者さんに前向きな気持ちで治療を続けていただくための、看護師によるコール※を中心とした6ヵ月間のサポートです。毎日の服薬から通院までを幅広くサポートし、患者さんの納得・安心のためのお手伝いをします。ご利用に際し、オフェブ®よりそいパートナーの申し込みはがき付きの説明用パンフレットが必要になります。
詳しくは、弊社担当MRまでお問い合わせください。
※患者さんが通院している医療機関の看護師ではなく、オフェブ®よりそいパートナーの運営を委託されているシミックヘルスケア・インスティテュート株式会社に所属する看護師です。
図10

【参考文献】
- 大竹文雄, 平井啓 編著.: 医療現場の行動経済学 すれ違う医者と患者. 2018
この記事はお役に立ちましたか?
その他の関連情報
特発性肺線維症および進行性肺線維症 国際診療ガイドライン2022(静止画)
日本ベーリンガーインゲルハイム
メディカルチャット 利用規約
当社の「日本ベーリンガーインゲルハイム メディカルチャット」(以下「本サービス」といいます)のご利用に際しては、本利用規約が適用されますので、必ず以下の記載事項をご確認下さい。
利用規約
- 本サービスは、当社所定のウェブページから文字によりお問い合わせいただくことにより、当社医薬品等に関する一般的な情報を、人工知能あるいは当社担当者により、文字及び図表により回答するサービスです(以下、人工知能による回答サービスを「AIチャット」、当社担当者による回答サービスを「有人チャット」といいます。)。ただし、AIチャットによる回答を原則とし、有人チャットは、AIチャットでの回答に対し、有人チャットでの回答も希望された場合に、提供させていただきます。
- 本サービスをご利用いただくことができるのは、当社医薬品等を扱いかつ国内に在住する医療関係者の方に限られます。当該医療関係者以外の方は、ご利用いただくことができません。
- 本利用規約に同意いただけない場合、本サービスを利用いただくことができません。本利用規約を最後までお読みいただき、「同意して利用する」ボタンを押した上で、本サービスをご利用下さい。
- 本サービスは、当社医薬品等に関する一般的なお問い合わせに対して回答するものとし、次の各号に掲げるお問い合わせについては、回答しないものとします。
- 当社医薬品等と関係のないお問い合わせ、または本サービスの回答範囲を逸脱したお問い合わせ
- 具体的な症状や治療方法に関するお問合せ
- 当社に適用される法令、ガイドラインまたは行政上の指導、当社自主規制その他当社が遵守すべきルールにより回答できないお問い合わせ
- 文字化け等により入力内容が判断できないお問い合わせ
- 前各号に掲げるほか、本サービスにより、適切な回答をすることができないと当社が判断した事項に関するお問い合わせ
- 本サービスは、日本語のみに対応しています。
- 本サービスは、当社医薬品の副作用、不具合及び有害事象の報告を受け付けていません。
- お問い合わせの内容によっては、本サービスでは十分に回答できない場合もございます。予めご了承下さい。
- 本サービスの利用可能時間は、以下のとおりです。
- AIチャット
24時間365日 - 有人チャット
平日9:00~17:00
- AIチャット
- 前項に関わらず、メンテナンス及び障害等のため一時的に本サービスを中断する場合がございます。
本サービスのご利用の際には、原則として、個人情報(お名前、ご住所、電話番号、メールアドレス等)を入力しないようお願いします。ただし、AIチャット及び有人チャットを問わず、当社医薬品の適用外使用に関するお問い合わせについては、コンプライアンス上の理由により、当社より、氏名及び施設名の入力を求める場合がございます。この場合には、当社プライバシーポリシーの内容を確認いただき、同意いただける場合に限り、入力して下さい(プライバシーポリシーについては「VIII 利用規約、プライバシーポリシー」に記載のURLからアクセス下さい)。その他の場合に、当社より個人情報の入力を求めることは一切ございません。
- 当社医薬品のご使用にあたっては、最新の添付文書等をご確認下さい。
- 当社は、本サービスまたは本サービスにより提供される情報の利用に際し生じた結果については、一切責任を負いません。
本サービスの利用にあたり、以下の各号の行為を禁止します。
- 本サービスにより提供される情報を複製、複写、転載、改変等する行為
- 第三者または当社の知的財産権その他の権利を侵害する行為
- 第三者または当社を誹謗中傷し、または名誉・信用を毀損する行為
- 本サービスの利用による営利目的の行為
- 本サービスの運営又は他の利用者による本サービスの利用の妨げとなる行為
- 前各号のほか、当社が不適当であると判断する行為
当社は、いつでも本サービスの提供を終了、またはその内容を変更することができるものとします。
本サービスの利用に関しては、以下の利用規約及びプライバシーポリシーが併せて適用されますので、ご確認下さい。